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妻有郷の歴史

妻有郷(つまりごう)とは・・・

新潟県の一番南端の雪国地帯を「妻有郷」といいます。
十日町市(旧川西町・旧中里村・旧松代町・旧松之山町)・津南町が属しています。

 

妻有と呼ばれている由来・・・

「つまり」という地名の由来には、次のような説があるそうです。

その1.「詰まり」説
新潟県の一番端の津南町という所から、 長野県に向かってだんだんと地形が細くなっていきます。
県境あたりになると詰まったみたいになっていることから 「つまり」と呼ぶようになったとか・・・

その2.「泊まり」説
妻有郷一帯は、その昔、信濃と越後、関東や会津を結ぶ往還の宿駅でした。
津南町に「外丸」と書いて、「とまる」と読む地名があります。
この「とまる(泊まる)」と呼ばれていたものが「つまり」と呼ぶようになったとか・・・
では、なぜ「妻」と「有」で「つまり」なのでしょうか?

それには、次のようなお話が伝わっているそうです。

『むかしむかし、都のお殿様が妻を迎える年頃になり、 いくつもの縁談がありましたが、どれもいまいちで気乗りがしませんでした。
ある夜、このお殿様の夢枕に観音様が現れ、「そなたの妻になる人は遠い北の国にいる。」とお告げになりました。

お殿様は、早速北に向かって旅に出ました。
そして、越の国で、夢枕に現れた観音様そっくりの娘に出会いました。
この娘も夢のお告げでお殿様を待っていたのです。

ふたりはめでたく夫婦になることができました。
それから以後、この土地を「妻有」、「つまり」と呼ぶようになりました。』

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